大橋の笑いのタネ

(さまぁ〜ず多め)

7/22モヤさまin宇都宮

やっとこさアイコンを描きました。

前に書いたモヤさま上野回にインスパイアされました。以後お見知り置きを。

 

さて、2回分モヤさまがすっ飛ばされている今日このごろですが、7/22に放送されたモヤさま宇都宮のハイライトを。

と言っても個人的にツボだった所だけです。あと4コマにしやすい所。

 

断っておきますが、私は「大竹さんにウケたくて話をする三村さん」や「笑いすぎてしゃがむ三村さんを、視線で追う大竹さん」が好きなんです。

 

・大谷資料館

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採掘場の中に入ると寒いくらいなんだそうです。

広い空間があり、舞台として使っているということなので、登ってみる3人。マイナーだけど大竹さんが大好きなふかわりょうのネタを言ったり、流行りの文句を小さな声で叫んだりします。

 

・お猿さんがいる居酒屋

「かやぶき」

猿NGの三村さんはずっとびくびくしていました。

お猿さんがおしぼりをお客さんに出します。お猿さんの覆面ショーの出来がよく、また予想を裏切り、盛り上がります。

 

・オネェ系ダンサーがいるダンス教室

「大平ダンススクール」

これを絵にして伝えたかった。悩んだ末、表現しきれないので描かず。

アパレル店員をやっているというSATOKOさんに普段の接客を再現してもらう。洋服のプッシュの仕方と引き際が絶妙。楽しいし、距離感ばっちりだし、いいですね。

 

次のモヤさま放送は8/12日です。

7/8 モヤさまin上野

外国のものと人が溢れて、もはや外国みたいな街、上野をぶらぶら。

伝統と新しさが混在している上野にふさわしく、ハイライトもこんな感じ。

 

パンダそうめん

上野公園のそばにある食堂で、『パンダそうめん』というのぼりを見つける。実は前に『カレーそうめん』を食べた所。夏はパンダそうめんが定番らしい。さっそく注文してみると・・・まさかのものが来る。

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なんの食材でもパンダ作れるじゃん!

でもおかみさん曰く、海苔だと水に溶けちゃうから、考え抜かれてチョイスされた食材らしい。

パンダそうめんに倣って、大河で人気が出ている西郷さんの丼、『西郷丼』を作ることになる。丼で下はご飯なので、今度は海苔が使える。海苔が使えると、眉毛も、目も、口も海苔で作れちゃうので、海苔オンリーの海苔丼が出来上がる。

いらないよ、むしろパンダそうめんも子供が喜ぶくらいだよ、と言うさまぁ〜ず。だけど、パンダそうめんは定番になってるみたいだし、そこそこ人気なのかな?

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ちゃんとパンダを楽しんでいました。

 

子供の頃に読んだ本『キツネ山の夏休み』富安陽子

大好きな本。

夏のにおいがすると読みたくなる本。

どこが好き、と言われると困る。

夏休みの始まりの期待と不安、むせるほどの草のにおい、 祭りのにぎやかさ、静かに秋が混じっていく風。暑さにまぎれて見える不思議な世界。

夏休みがぎっしりつまった物語である。

 

『キツネ山の夏休み』富安陽子 著 

キツネ山の夏休み (ジョイ・ストリート)

キツネ山の夏休み (ジョイ・ストリート)

 

 

弥(ひさし)がおばあちゃんの家がある稲荷山で過ごす夏休み。

弥と遊ぶのを待っていたかのように、いくつもの不思議な出会いがある。中でも猫の大五郎がとてもいい味を出している。最近ネコが好きだから、よけいそう感じるのかもしれない。

この本のいい所は他にもいっぱいあるだろ!オキ丸と空を飛ぶところとか、など色々意見があると思うが、それでも大五郎の魅力を知ってほしいと思う。

猫の大五郎

まず、おじさんに変身して弥を迎えに行き、荷物を持ってあげた時。

おじさんは二つの荷物を両手にもって、ちょっと考えてから、重い旅行かばんのほうを、そっと弥の手の中にもどしました。

「じゃ、まいりましょうか。」

どうです? このふてぶてしさ。

大五郎は長く生きている猫股。オキ丸とは違って普通に(?)しゃべる猫として存在しています。

「なんでしゃべれるんだ」と怖がる弥に「猫がしゃべっちゃいけませんか」と反論し、「しゃべる猫は化け猫だ」という弥の言葉を律儀に「猫股」と訂正し、「何か悪いことをたくらんでいる」という弥にものの本質を見ろと説く。

猫はそういうと、けだるそうにあくびをして、前足の上に大きな頭をのっけました。
「ま、しかし、なんですな。キツネ騒動の真犯人も人間だったようで、世の中でいちばん化け物じみとるのは、人間かもしれませんな。それにくらべりゃ、キツネも猫股もかわいいものです・・・」

縁側でくつろぐ猫の姿が見えてきます。
大五郎が「ザ・猫」なので、この話を読んだ後は、身近にいる猫がしゃべりだすんじゃないかと思えてきます。

「わしがここにやってくるのは、ただ松子さんがすきだからですよ。あなたのおばあさんが猫股だろうが、化けギツネだろうが、人間だろうが、そんなことは関係ない。その人のことがほんとうにすきだとわかってさえいれば、あとはどうでもいいことです。毛がはえていようがいまいが、足が二本だろうが四本だろうが、化けようが化けまいが。ちがいますか?」

大五郎が言うようにこの話には、いい人間もわるい人間もいるし、いい猫股もキツネも、わるい水クモの精も出てきます。

結局、属性ではなく個々がどうかで、自分が好きなら相手の属性は関係ない。

猫に言われたらすんなり入ってきます。

 

大切な思い出もいずれ忘れる

この寂しさが好き、というとそれこそ寂しい人間なのだが、輝かしい夏に秋が混じっていく物悲しさはなんとも言えない。

弥の父の言葉が最後に向かって活きてきます。

夏は毎年めぐってきますが、弥の十歳の夏はただ一度きりです

同じように稲荷山を駆けまわっただろう父は、今では都会で休みなく働いています。

大好きな稲荷山も、稲荷山で過ごした日々も忘れたくないと強く思う弥。だけど、弥以外の人たちは知っています。同じ夏はもう来ない、この夏の思い出もいずれ忘れてしまうだろう事を。それが大人になるということ。

おばあちゃんがいう。

「(略)なによりたいせつだと思っていたこと、むちゅうになっていたこと、それがみんな、だんだん色あせてね。そうやってわすれていくからこそ、人間は新しい場所で、新しくくらしていけるんでしょうね」

 

弥の10歳の夏は終わる。また会えるか、とオキ丸に聞いた弥。オキ丸はぽつりと言います。

「おまえが忘れなければ」

ぜったいに忘れない、と叫んだ弥。忘れたくない。それでも少しづつ新しい思い出が上書きされていく。この切ない葛藤が好き。

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夏休みの思い出は、いつもきらきらしている。あの一瞬はあの時しかなかったのだと、せつなくなる。だけど、これからの夏だって、未来の自分にとっては輝かしいものになるはずだ。

『夏は毎年めぐってくるが、X歳の夏はただ一度きり』

今年も夏が来る。

子供の頃読んだ本『だれも知らない小さな国』佐藤さとる

そういえば、この物語の主人公は子供ではない。これって、結構めずらしいのではないか。

 

『誰も知らない小さな国』佐藤さとる

だれも知らない小さな国―コロボックル物語 1  (講談社青い鳥文庫 18-1)
 

 

小山にひとりで遊びに来ていた「ぼく」は、野菜売りのおばあさんから、小山に伝わる“こぼしさま”の話を教えてもらう。

“こぼしさま”は小指よりも小さな人で、すばしっこくてイタズラ好き。

「ぼく」は“こぼしさま”に心うばわれ、いつか小山を自分のものにしたい、という夢を持つ。

 

ファンタジーで終わらせないファンタジー

普通であれば子供の「ぼく」と“こぼしさま”が出会って、不思議な体験をする、という展開だろうが、『だれも知らない小さな国』はちがう。

子供の「ぼく」が“こぼしさま”を目撃したのはたった一度だけ。その後「ぼく」は引っ越しにより小山から離れ、やがて戦争になる。

戦時中の描写はわずか10行。だが、大人になったからだろうか、今読むとこの数行にどっきりさせられる。

毎日が苦しいことばかりだったが、また底ぬけにたのしかったような気もする。家が焼けたことを、まるでとくいになって話しあったり、小型の飛行機に追いまわされて、バリバリうたれたりするのが、おもしろくてたまらなかったりした。これは命がけのおにごっこだったが、中にはおににつかまってしまう、運のわるい友だちも何人かあった。いまになってみれば、ぞっとする話だ。

これはただのファンタジーではない、と強烈に感じさせる。

 

終戦を迎え、再び「ぼく」と”こぼしさま“との物語がはじまる。大人になった「ぼく」の前に、いよいよ姿を表した“こぼしさま”。今度は「ぼく」としっかり目を合わせ、会話をする。
ここに至るまでの描写が長いので、やっと来た!とワクワクが止まらない。

 

ちなみに「ぼく」が調べ、本人達に確認をとった結果、”こぼしさま“はアイヌに伝わるコロボックルと同じ小人族であると結論づけられる。

この”こぼしさま“改め“コロボックル”の描写がかわいい!

変装のためにアマガエルの皮を着るとか、とても早口で人間が聴くと「ルルルル」と聞こえる、とかがツボ。

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なぜ、コロボックルは大人になった「ぼく」に接触してきたのか。

それは、コロボックルの協力者になってほしいから。

古い言い伝えが忘れられ、生活が脅かされることを危惧していたコロボックル。自分たちを捕まえたり、利用したりしない人間に小山を所有してほしいと願っていたのだ。

なるほど。それでは子供と仲良くなるだけでは意味がない。山を買えるのは大人だ。コロボックルもお遊びじゃなく、生活をかけているとわかる。

 

現実を打開する方法としてのファンタジー

やがて危惧していたことが起こる。村に有料道路をつくる計画が進んでいたのだ。道路の通り道には、コロボックルが暮らしている小山がある。

 

小山を守るために「ぼく」は、いたずら好きのコロボックルにぴったりの方法を考えつく。この方法がまたツボ。

児童書だし、正攻法で人々の良心に働きかけてもよさそうなのに、ここでコロボックルの出番というところが。でも理にかなっていて、誰も傷つけずに解決出来る。やっぱりファンタジーってすごい。

 

一度大人達で決めた計画を覆す難しさ、そこから流れが変わっていく描写がすばらしい。

はじめは、反対する人はだれもいない状態。コロボックルの活動により、村の人の中から少しずつ反対者が出てくる。ただ、村の人の意見が変わっても計画は止まらない。

はじめのうちは、せっかくの村の人の願いも、まったくむだだったような気配だった。

役所にしてみれば、一度きまったことを、そんな一部の人たちの反対だけで、すこしでもかえたくなかったにちがいない。あらためて通り道を考えなおすとすれば、よぶんな人手もかかるし、時間もかかる。むろんお金もかかる。

そのくらいだったら、反対した村の人たちがしょうちするまで、ゆっくりこしをすえ、なんとか、いままでどおりの計画を進めたいというつもりのようだった。

だからコロボックルは、役所の人たちや、“びっくりするくらい遠くの人“にまで働きかける。

やがてーー。

小さな希望の火がぽつりとともった。

土地の新聞が、この問題をとりあげてくれたのだ。村の人のいいぶんと、役所のいいぶんをならべたうえで、役所は手間をおしまずに、思いきって計画の一部を練りなおしたらどうか、といっていた。

これがきっかけになって、役所の中にも、ぼつぼつ同じような意見をもつ人が出てきた。そして、ふしぎなことに、二、三人そういう人が出たあとは、同じ考えの人が、どんどんふえていった。

 みんなが、「じつは、わたしもそのほうがいいかもしれないと思っていたんですがね。」などといって、計画をかえることにさんせいしはじめたのだ。 

どうですか。子供のときにこの文章を読むってすごくないですか。

二、三人そういう人が出たあとは、同じ考えの人が、どんどんふえていった。

ここですよ。

 

一度始まったものを終わらせたり、一度決まったものを覆すのは本当に大変です。

物事がすすんでいると、心の奥底の思いに蓋をするんですね。でも流れを遮ってだれかが声をあげると、自分も実はそう思っていた、と主張できるようになります。

 

むしろこうかもしれません。

そもそもどっちでもよかった。
だいたいの問題は、どちらの立場でもメリットデメリット両方持っています。

自分の中ではどちらがいいかが決まらなくて、流れに合わせて、発表する主張をとり出す。流れの向かう方が自分の考えになる。

「実は前からそう思っていた」と言うのは、その通りなのです。

こういう人いっぱいいますよね。「絶対思ってなかっただろ」とムカっときますが、嘘をついているわけではないかもしれません。

そういう人が多いから、流れをつくったものが勝つ。

 

ここまで子供は読めないでしょう。私も今回読んでみて以上のことを思ったまでです。が、子供の頃にこの物語に触れておくのは意味がある。

 

やっぱり『だれも知らない小さな国』の魅力は、コロボックルが実は周りにいるのではないかと思わせるリアリティで、コロボックルが姿を見せてくれるような心を持った人間になろう、と思わせる描き方です。

でも実はファンタジーだけではなく、人間の良くないところや、社会のしくみを説明しています。

 

大人になったあなた。いま読んでみるとびっくり、どっきりします。

もう一度、読んでみませんか。

子供の頃読んだ本ー『ハッピーバースデー 命かがやく瞬間』

子供の頃は、こんなに涙もろくなかった気がする。

確かに子供の私も感動し、だからこそ今、また読んでみようと思ったわけだが、大人になった自分にこんなに刺さってくるとは。常に目が潤み、ページをめくるごとに涙をこぼす。

 

『ハッピーバースデー 命かがやく瞬間(とき)』青木和雄

対象年齢は小学校高学年から中学校。夏休みの課題図書になっていたようだが、私は課題としてではなく、図書館で手に取った。

 

ハッピーバースデー 命かがやく瞬間(とき) (フォア文庫)

ハッピーバースデー 命かがやく瞬間(とき) (フォア文庫)

 

 

愛されること、しあわせだということ

あすかは11歳。母親とはどうも相性が悪い。自分の誕生日を忘れられた夜、「あすかなんて、生まなければよかった」と母が言うのを聞いてしまい、そこから声が出せなくなってしまう。

 

最初にあすかの味方になってくれたのが、当時の担任の橋本先生。

この橋本先生は若い女の先生で、ほんとうにいい心の持ち主である。

「先生、しあわせですか」「どうして愛されていると感じるの?」とあすかに(筆談で)問われた橋本先生は、真剣に答えを考える。

 

 

橋本先生の答えが出る前に、あすかは泣く。

ーーこんなふうに、ママと話してみたかった。

ーーあすかがふしぎと思うこと、知りたいと思うこと。

ーー橋本先生のように、ママにも考えてほしかった。

ーーだれかといっしょに考えることって、なんてドキドキすることなんだろう。

ーーなんて心がふるえることなんだろう・・・。

 

この一節を読んだとき、最近の自分の間違いに気がついた。

日々私は、優れた答えを出そう、気の利いた事を言おう、と頑張っている。

 

冗談や刹那的な楽しみをいっしょに味わう人達は、いればいるだけ楽しくなる気がするけれど、立ち止まった時に虚しくなることがある。


目の前の人の心を、もっと一生懸命に聞こう。相手の心がどんな時にどう動くのか、私はどうか。気恥ずかしいけれど、そうやって通い合わせた心の結びつきこそが、私を幸せにするはず。

 

傘をさしてあげよう

この物語の中であすかを傷つける人間は、嫌な所を持ちつつ、どこか不安定な存在として描かれる。もちろん母も、「おまえ生まれてこなきゃよかったよな」と言った兄も、いじめられっ子の順子も。

どこかで幸せではなく、そうした悩み苦しみを、弱いだれかを傷つけて癒している。完全な悪ではなく、理由があってそうなっている。

だからあすかの心と言葉に触れて、ある時に気がつき、考えと行動を修正していく。

 

自分が幸せでないと、弱いものいじめに向かう事って結構多い。私だってその衝動にかられてしまう。

そんな時には思い出したい一節がある。

授業参加での、順子の父の発言だ。

だけどさ、わかってもらいてえんだよ。人生ってのは、照る日、くもる日がある。

どしゃぶりの雨だって降るときはあるんだよ。そんときはさ、ぬれているのを指さして笑うんじゃなくてさ、傘をさしかけてやる度量っていうか、優しさもさ、ほしいってことをな。人間なんだからさ、大事なことなんじゃねえかなと思うんだな。

 

雨にぬれている人を笑うのではなく、傘をさしてあげる。

 

傘をさす人については、最近は人材不足ですね。求人倍率高いです。

代わりに多いのが、雨に濡れている人に好き勝手な事を言う人。雨に濡れるのは自己責任、と結論つければ自分は何もしなくていいですから。

 

言う事は

なぜ傘を持って行かなかったの?

雨が降ると知らなかったの?

びしょぬれになったのはあなたが準備してなかったからですよね

もういいです。言っていることは至極真っ当ですが、今更なんの役にも立たないし、面白くもない。

にわか雨って、降るもんですよね。ただ、傘を差してあげればいいじゃないですか。そういう事あるよね、と言ってあげればいいじゃないですか。

 

人生は、照る時もあれば、雨が降る時もある。

あすかの物語も、最後にはぴかぴか照っている。みんなが集まった誕生日会。

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ふたつのケーキ。(ふたつある理由は、読んだら分かります)

 

そして、「お誕生日おめでとう。生まれてきてよかった」と言われるのだ。

その言葉がどんなに嬉しいか。あすかの心を想うと涙が止まらない。

 

あすかが立ち直るだけ、で終わる物語ではない。あすかを傷つけた人の心も救わなければ、ほんとうの解決ではないから。そこまで描いている驚きの児童書だ。

 


子供が傷つけられた。

そんなニュースがあふれています。

「子供がかわいそう」「そんな事する奴がおかしい」

確かにそうなのですが、それで終わらせていいのでしょうか。立場が弱い子供に、自分の不幸や苦しみを向けてしまうのが人間です。

ほんとうの解決ができるように、考えて行かねばなりません。

5/6 モヤさまin三軒茶屋

もやもやさまぁ〜ず2 三軒茶屋のハイライトです。

 

猫店員がいる本屋さん

Cat’s Meow Books

元・保護猫の猫店員がいる本屋さん。

猫に関する本が豊富で、マッチョ&猫や、おっぱい&猫の写真集を観賞します。

 

猫語で話しかけてみますが、つれない猫店員。しかし店を後にした際に、網戸の向こうから一同をそっと見送ってくれました。その奥ゆかしさに大竹さんが射抜かれました。

 

高級いちご当てクイズ

ミガキイチゴをだけを使ったスイーツ専門店 いちびこ

ミガキイチゴ宮城県のブランドいちご。いくつかの等級に分かれており、

最上級の「プラチナ」は1粒1000円

「ゴールド」は15粒で5000円

3倍も値段が違いますが、見た目では判断がつかないので「プラチナ」と「ゴールド」どっちがどっちかを当てようゲームを開催。

いつも通り挑戦するのは大竹さんです。

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「これゴー」でなんとか踏みとどまった三村さん。それ以上余計なことを言わないように黙ってニヤニヤしていたら、大竹さんは気付かずに真面目に回答して正解しました。

その後、なんで答えを言っちゃうのか、と全員に突っ込まれる三村さん。

「クイズ番組の司会者、失格」とテロップが入る。

 

でもね、同様の事はさま×さまでもやってましたね。

突っ込みなんだからしっかりして、と大竹さんに日頃言われていますしね。

 

ポールダンス教室

キッズクラスがあり、親子で通う生徒さんもいる教室。

福田アナも教えてもらってポールでくるくるしますが、下に履いた黒いレギンスがテカテカ素材だったので「クジラみたい」と揶揄されます。

三村さんも触発されてポールに抱きつきますが、うまく出来ません。諦めたところで先生が素早く「シュッシュッ」とアルコール?を布に吹き付け、三村さんが握った部分のポールを拭いていました。

拭かれちゃうおじさんの哀愁。

 

4/15モヤさまin練馬・江古田周辺

忙しくもないのに、見たいテレビが録画に溜まってしまっていた。

そんな訳でまたかなり前になってしまうが、4/15放送回のモヤさまのハイライトをまとめる。

 

なんと俳優・上川隆也さんが出演!!

ドラマの撮影現場では「ツッコミ星人」と呼ばれる上川さん。モヤさまの中に居てもスマートかつ、かなり面白い!

ゲストが登場する中で一番のお気に入り回になりました。

 

まず上川さんから語られるモヤさま愛が嬉しいです。

福田アナの顎の怪我を「もう大丈夫ですか?」と心配しつつ、口が開かない時期にちまちまごはんを食べてた様子を再現するなど、細かいポイント見ているんだなーと思わせる。

 

ドラマの番宣のために来た(最初に明かされたテレ東内の業務メールで判明している)のに、インド料理店でお昼にするまでドラマの話がされていない事に気づいたさまぁ〜ず

ここで普通に番宣させるモヤさまじゃありません。

ドラマの内容を、上川さんがネパール人のご主人に伝えて、ご主人がネパール語で番宣することに。で、字幕をつけて流そう、と。

 

実行する上川さん。

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本当にコントみたい。

さまぁ〜ずがすぐ復唱していたので、今後お笑いライブのネタで採用される可能性ありますね。

「しつじ?ああーワカルヨ。あのヒツジみたいなやつでショ?」って。

 

で、その後ご主人がしゃべるネパール語に、『執事 西園寺の名推理』の画像が流れるんだけど、どうしてもインド映画を見ている気持ちになる。

 

・この靴をしばく。

最初に入った靴屋さんで、運動用のスニーカーをいろいろ試してみるさまぁ〜ず

三村さんが「しばきしよう。」と言うので「?」と引っかかる周囲。

試し履きするから略して「試履き」という事らしい。

大竹さん「しばくんじゃねぇよ!」

 

このように、三村さんはツッコミなのに気をつけて居ないとボケが多い。で、大竹さんが代わりにツッこみにんなるか、もしくは2人ともボケ続けるか、というのがさまぁ〜ずの面白いところ。

ここにツッコミ星人の上川さんが加わったから面白かったんだな。

 

 

・空気を読まないアヒル

卓球教室にて、球のコントロールを身につける為、台の端に3羽並べたアヒルに当てて落とすゲームをやる。期待された大竹さんは当たらず、次に三村さんが1球目で見事命中するミラクル。

上川さんはアヒルに当てたものの、アヒルが衝撃に耐えてねばり、落ちずに残る。

ここは空気を読もうよ、忖度しようよ、という結果になった。

 

※ここまで順不同です。

 

上川さんと別れた後、スマートな気遣いとツッコミがなくなり上川ロス状態に。最後の喫茶店でコーヒーを飲んでも思い出すのは上川さん、という回になったのでした。

また出てくれないかな。でもそれをするとモヤさまらしくはないか。