大橋の笑いの種

社会をとらえ直すためのブログ(さまぁ〜ず多め)

6/11モヤさまin Paris〜おじゃんに出来る男、大竹一樹〜

久々にモヤさまのハイライトをお届けします。

6/11に放送されたモヤさまでは、海外ロケ20回目にしてフランスの花の都・パリをぶらぶらしました。

初Parisにテンション高めの三村さん。

エトワール凱旋門に登っちゃう!?となりますが、中は果てしない螺旋階段。アラフィフのおじさん達は頑張って登り始めます。

ちなみにモヤさまでは長い階段を登ることが多いです。

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「さすが、富士山を9合目まで登っておりた奴!」

と三村さんは言ってました。

 

みんな、おじゃんにできない。

大橋の敬愛する佐藤雅彦氏が、毎日新聞に月イチで掲載していた『毎月新聞(第9号1999年7/21発行)』に、「おじゃんにできない」というコラムが掲載された。なぜこんな昔の新聞の内容を話せるかというと、一冊の本にまとまっていて、古本屋さんで見つけたからだ。

ピタゴラスイッチ含むEテレの空気感が好きな人、理屈っぽくて他人に「そこ気にする?」と言われたことがある人にはおすすめ。

毎月新聞 (中公文庫)

毎月新聞 (中公文庫)

 

 「おじゃんにできない」の内容は、こうだ。

朝出かけようと玄関でしっかりと靴のひもを結んで、「よし!」と出発しようとした時に、定期券を机の上に置いたままだった、と気付くとする。よくあることですね。あなたならどうするだろうか?

世間体とか考えないで正直に答えましょう。

佐藤雅彦氏の会議メンバー達からは、新聞紙の上に乗って移動したり、ハイハイしたり、出来るだけ接地面が少なくなるように歩いたりと、バラエティーに富んだ解答が次々に出たそうだ。

(ちなみに大橋は同じ状況に陥った時に、「背に腹は代えられない」と土足で部屋に踏み込んだのを親に怒られたことがある)

佐藤雅彦氏は、”靴を脱いで取りに行く”という至極あたりまえの解答がでないことに驚く。

しかし、なぜ靴を脱いで戻る、こんな簡単なことができないのでしょうか。~中略~

それは、せっかく始めてしまったことをおじゃんにして、一からやり直すことにとても抵抗があるからではないでしょうか。~中略~

新しいことを始めるのはかなり意思の力が要ることですが、一旦走り出してしまったものを停めるにもやはりそれ以上の意思の力が必要なのではないかと思うのです。

せっかく建て始めたダムだから、必要ないかもだけど建てる。

戦争が泥沼になっているけれど引き際が分からない。

毎年やっているプロジェクトだから、今年もやる。

 

「おじゃんにできない」でいる事がなんて多いのだろう。

私達の日常には、慣性の法則が働いている。

動かすためにも、いったん走り出したものを停めるためにも、力が必要だ。

 

おじゃんに出来る大竹一樹のすごさ。

大竹さんは、やはり普通の人ではない(ほめています)。

普通の人であれば、あの富士山に、しかも9合目まで登ったものなら、あとちょっと踏ん張って頂上まで行き、達成感を味わいたいと思うはずだ。9合目まで来て、頂上からの景色を見ないなんてもったいなさすぎる。今までの頑張りも無駄になってしまう。

だが、大竹一樹はそんな論理では生きていない。私なんかが大竹さんの心理を解明することは出来ないのだが、たぶん、いつも先に進むかどうかをいったん考えてみている。自分の気持ちや体力や周りの状況を考慮して、動くときはまた動くし、必要なければ停まってみる。

大竹一樹には慣性の法則が働いてない。という感じがする。

 

まるでどうしようもないように思える大竹さんの特性だが、活きる場面はある。

例えば富士登山に限らず山登りをしていて、天気が悪くなったとする。普通の人であれば、せっかく仕事も休みを取ったし、計画も立ててあるし、せっかくここまで来たし、登ろう。という判断になる。

それで事故にあってしまうことが非常に多い。一度動き出して勢いがある時は、危険が見えても止めることが難しい。

 

大竹さんなら

「雨が降ってきたよぉー、体が冷たい・・・、え!?今なんか空がピカッてならなかった??・・・もう下ります(-_-)」となる(想像)。

さすがネガティブ代表、危機管理能力が異常に高い。

 

おじゃんになると落胆と憤りを感じるが、危機を免れる幸福には代えられない。あとはさまぁ~ずの場合は笑いになる。

何かを終わらせられる、「おじゃんに出来る人」って意外に少ない。終わりを言い出したら、おじゃんになった落胆と憤りは、その人が背負わなければいけなくなってしまうから。

そこを大竹さんは意識しているのか分からないけれども、希少な「おじゃんに出来る」人を、この先も観察し続けましょう。

 

おまけ

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結局、凱旋門から見る景色は、『高い所から見る景色』ですものね。

見たいものは遠くから見るに限る。